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Selfishly

Selfishly

金猫の恩返し act3 仮初の住処


Repaying the kindness of golden cat
         act3~仮初の棲家 1~


「ああ、それは嬉しいな。 丁度、私も今日は時間が空いててね。
 そうだね、じゃあ以前から約束していた店を予約しておくよ」

そろそろ定時の時刻が迫っている指令室内で、ロイはのんびりと今夜の予定を立てていた。
今、電話をしている相手は、ロイのお気に入りの1人からだ。
聡明で美しい彼女は、女性ながら快活な話し方をし、
変に気を使わせない点が、ロイには心地よい。
話題も豊富で、話していて飽きる事もなく、一緒に時間を過ごしていても
苦痛に感じる事も無い。
良き友人のようなものだ。

電話を切った後、約束の店に予約を入れる為に、再度受話器を持ち上げてダイヤルを回す。
そうして漸く、かしましい隣の部屋の気配に苦笑を浮かべ、
気にする事無く取次ぎの電話を待って予約を入れる。



「んでさ、そこまでいってだぜー!
 『ごめんなさいね、ジャン。 貴方は私の大切なお友達よ』
 って言うんだぜ~」

「それは辛いな・・・」

「断り文句の常套句ですな」

「ハボックさん、元気出して」

ハボックの嘆きを、同じ男として分かり合えるのか、皆が同情の慰めと励ましを送っている。

「だろーだろー! 酷いよな。
 俺・・・俺が折角張り込んで、レストラン予約してさ、その後慣れないバーまで行ってよぉ~、
 やっとこさ良い雰囲気まで行ったかと思ったら・・・」

「男として、たまらないな・・・」

「結構、奮発してましたからね」

「バー・・・、知ってたんですね~」


口々にてんでの言葉も、今のハボックには内容は関係ないようだった。
皆が、自分の悲劇に心を向けてくれている。 それが、重要なポイントのようだ。

朝のハボックの落ち込みは、酷いもので、口数も少なく、
何をしていても上の空な状態だったから、こうやって愚痴を吐き出せる程度には
回復しているのだろう。
メンバーも、只ならぬハボックの様子に、大体の予想は付いていたのだが、
朝の状態で、探りを入れるのは、さすがに可哀相な気がして、そっとしておいたのだ。
定時に近づき、特に大きな事件も舞い込んで来てない今日は、
皆があらかた仕事を片付け終えている。
おかげで、黙り込んでいるのにも限界が来たハボックが、愚痴り出したときに
皆が同情半分、興味半分付き合い始めても、普段なら厳しい副官も、
呆れた眼差し一つで、我関せずを決め込んでくれている。

ロイも朝からのハボックの様子はわかってはいたが、彼の場合、度々あることで
今更、取り上げるまでもないと、関知せずに放置しておいた。
時間が解決することでもあるし、ハボックに関しては、ある意味慣れた経験でもある。
それに緊急事態の状況でもないから、皆もああして構っているわけで、
ハボックにしてみても、それがわかっているから呆けてもいられたのだ。
丁度良い息抜きの時間にある、定期的なお約束のようなものだ。

ロイが着々と帰り支度を整え、時刻が来るのを待つばかりになった頃、
隣からの喧騒が様変わりの声が上がってきた。


「おう、珍しいな」

「お久しぶりです」
「う~っす」

「今度は、どこを回ったんですか?」

代わる代わる上げられる声に混じって聞こえてくる声は、珍しい声で、
思わず片付けの手を止めて、ロイも耳を澄ましてしまう。

先ほどとは違う盛り上がりを感じさせる様子は、賑やかに繰り広げられているようだ。
ロイが予想を確認するように扉を開けてみれば、やはりそこには
久しぶりの馴染みの姿が現れていた。

「ああ、戻ってきたのか」

軍のメンバーに囲まれるようにしている、小さな姿と大きな鎧姿が認められる。

「あっ大佐、お久しぶりです」

ハボックに抱きつかれるようにして、話し込まれていたアルフォンスが、
ロイの姿を見つけて、挨拶をしてくる。

「ああ、アルフォンス君も、元気そうで・・・何よりだ」

少々間が空いたのは、ハボックに泣きつかれている状況に同情しての事だ。
アルフォンスは優しい少年なので、話し相手としては最適だ。
今も、ハボックの涙交じりの訴えを、優しく励ましながら聞いてやっている。

「ちわっ」

もごもごと不明瞭な声で挨拶してくる兄のほうは、
ハボックの恋愛事情には関心がないのか、早速貰った菓子を頬張りながら
おざなりな挨拶をしてくる。

「やあ」

それ以上の言葉も掛けれるような雰囲気でもなく、皆の中に溶け込んでいる様子に
肩を竦めて部屋に戻る。
手早く帰り支度を整えて、隣の部屋に行くと、先ほどと同じような光景が繰り返されていた。
相変わらずハボックは、アルフォンスに切々と自分の哀しみを訴えており、
アルフォンスが時折、ハボックの背中を、励ますように撫でているし、
エドワードを取り囲む周辺は、何やら旅の面白い話でもしているのか、
笑い声が飛び交っている。

「中尉、私はお先に失礼するよ」

「あっ、はい、わかりました。
 ご苦労様でした」

上司が帰ろうとしているのに、その気配に気づかない面々もどうかとは思うが、
久しぶりの再会に水を差すのも気がひける。
ロイは、ホークアイに帰宅を告げると、その後掛けられる声に
片手を軽く振りながら、司令部を後にした。

その場の雰囲気から切り離れるように、さっさと出たロイには、
自分の後姿を追いかける視線には気づくはずも無かった。



「どうしたの? 今日は、やけに心ここに在らずじゃない?」

面白そうに自分を覗きこむ相手の言葉に、ロイははっと目の前の美女に視線を向ける。

「そんなわけがないだろ? 憧れの君との時間を持てたというのに。
 心ここに在らずではなく、喜びに浸っていただけさ」

にこりと、女性を虜にすると評判の笑みを浮かべ、
取り繕うように言葉を返すと、目の前の女性は、含み笑いを浮かべて
ロイの言葉を軽く流してくる。

「そう? そう言うことにしておいてあげてもいいけど、
 さっきから、全然進んでないわよ?」

ちらりと投げかけられる視線の先には、手付かずのまま置かれている料理が
すでに冷え切っている。
女性の方は、綺麗に片付けられ次のサーブを待つ状態なのに、
ロイが遅々として手付かずのままなので、給仕のほうも困っている様子だった。

ロイは自分の前に置かれた皿を、渋面で眺めると、軽く手を上げて
次の料理を促すと、自分の皿は下げさせる。
何か言いたそうな給仕の様子に、申し訳無さそうに「軽く食事をしてきてしまっててね」と
詫びの言葉を告げておく。

「気がかりは終えて来なくては、楽しい時間も台無しよ?」

「・・・ああ、そうだね。 少し、ややこしい仕事が舞い込んでいてね。
 申し訳ない」

無難な言い訳をしながら、目の前の女性に、自分の非礼を謝る。

「ふふふ・・・、お仕事ね」

意味深な笑みを浮かべて、ロイの言葉を楽しそうに繰り返されると、
少々、気まずい思いが浮かんでくる。
聡明で、機微に聡いところが気に入っているのだが、
普通の女性のように、誤魔化しが利かない点が、今のような時には痛い。
またそこら辺が、ロイとの関係を男と女ではなく、友人関係で留まらせている所以なのだろう。
彼女も今の関係が気に入っているのか、特に進展を仄めかす事もなく、
時折、互いの都合が合った時に、こうして食事をしては、
互いの近況を取り混ぜた話をするに満足しているようだ。
ロイとしてみれば、少々惜しい気もしないでもないが、
こうやって色恋抜きで話せる異性がいることが、存外良いものだと思ってもいる。


「で、どんなお仕事が舞い込んできたのかしら、電話を切った後に?」

約束の電話をしている時には、今のロイの様子を匂わせるような雰囲気は感じられなかったから、
何か舞い込んで来たとしたら、その後の事だろうと予測して、
好奇心に瞳を光らせて、ロイを見つめる。
この男が、巷で言われるようなタラシではない事は、
長い付き合いをしている仲だから、判っている。
確かに、女性には愛想が良いが、それはあくまでも社交辞令の一環で、
挨拶程度の認識しか、彼の中には無いのだろう。
世間一般の妬む男どもからの『節操なし』と言う言葉は、根も葉もないとは言わないが、
誹謗中傷に近い事も感じていた。
本人が否定しないから、噂は広がるのだろうが、彼自身がそれを利用している節も見られるので、
彼女が口やかましく苦言する事も無い。

全てを見透かしたように投げかけられた質問に、ロイは観念したように
ポツリポツリと話し始める。

「別に対したことじゃないんだがね」

そう前置きを置かれて話されていく話の内容に、彼女は興味深そうに、
面白そうに耳を澄ませて聞いていく。
彼の話を要約すると、不義理で、懐かない飼い猫が居ること。
憎たらしいと思っていたが、意外に可愛い面があること。
一生懸命に背伸びしているのが、ちょっと痛々しいなとおもうこと。
ほおって置くと、何をするかわからないので、思わず構ってしまうこと。
そして・・・、自分には余り愛想が良くないのに、
周囲の者には、結構愛嬌がある面も見せているのが、少々癪にさわる等など。

料理には殆ど手を付けずに、酒を嗜みながら、延々と語られる話に、
『どこが、対した事がないことなんだ』と思わず突っ込みをいれたくなりながらも、
余りに楽しそうに語る相手の邪魔をする事も出来ずに、呆れ混じりに
綺麗な苦笑と共に付き合ってやる。

「後見人としては、見捨ててはおけないだろ?」

話の一区切りが付いたのか、そう同意を求める言葉に、
「ええ、そうね」と、優しい笑みで頷いてやる。

「なのに、いつも反抗的な態度ばかり取るものだから、
 私の方も、色々と手を焼いているのさ」

困ったと言う風に、顔を顰めて見せる相手に、女性はクスクスと笑い出す。
そんな相手の反応に、ロイが疑問そうに片眉を上げて、視線を投げかける。

「あら、ごめんなさい、笑ってしまって。
 いえ、貴方がそこまで手こずらさせられる相手って、どんな子かしらと
 思うと、可笑しくって」

「君・・・他人事だと思って・・・」

「だって、他人事ですもの。 
 それに貴方の話し振りを聞いていると、まるで好きな相手を
 どうやって振り向かせるか悩んでいる少年のようよ」

「なっ!」

心外なと言う表情に、さらに笑みが深くなるが、これ以上からかえば、
意外に大人気ない相手が、臍を曲げてしまう事も付き合い上わかっている。
ここは頃合だろうと、丁度食事も終わっていた事も有り、
女性はさりげなく、退出の促しをする。


「送ってくれなくても大丈夫よ。
 ここから、車を拾って帰るわ」

「わかった、気をつけて」

素っ気無い態度は、先ほどのからかいが後を引いているからだろう。

「じゃあ」と車に乗り込むと、漸く、「今日は済まなかった」と
小さな謝罪が告げられた。
それにも、軽く頭を振ると、乗り込んだ車を発進させる。

ポツンと所在なげに佇んでいる姿が小さくなっていく。
その姿をバックミラー越しに見送りながら、やれやれと言う風に
車のシートに背を凭せ掛ける。

『本人が気づいていないのが、一番厄介よね』

短くない付き合いの中で、彼があそこまで気にかけているのを示した相手はいない。
何かと浮名を流しながらも、過ぎ去ってしまえば、気どころか記憶からも
薄れさせるような薄情な所がある男だ。
付き合い始めた最初の頃から、それに気づいていた彼女は、自分の恋人としては
合わない相手だとわかっていた。
が、恋人として不適合だからと付き合いをやめるには、人として魅力がありすぎた事も有り、
今でも変わらず友人付き合いをしている。
が、その期間にでも、請われれば思い出したように、付き合っている情人の話はする事もあるが、
今日のように、本人自ら、あれほど熱心に語るのは始めてみた。

『初恋かしら?』

三十路前の男に、そんな失礼な感想を持ちながら、上機嫌に帰っていく。
次回から逢う楽しみが、更に増えたとほくそ笑みながら。




ロイはふいに終わった予定に、少々物足りなさを感じつつ、
観念して家路に戻る事にした。
時刻は早すぎると言うほどではないが、いつもならもう1件出かけている筈だったので、
慌てて帰る時刻でもない。
ぶらぶらと賑やかな大通りを歩いていくが、さすがにこの時刻になると、
商店は閉っていて、飲み屋を中心に流行る様変わりをしている。

「あれは・・・」

前方の店から出てきた一塊が見知った面々ばかりなのに、目を凝らす。
大きな鎧姿に、縋るように泣き付いているのは、どうやらハボックのようだ。
周囲の者達も、泣き混じりに切々と訴えているハボックに、
しきりと頷きながら、背や肩を叩いているのを見ると、
どうやら、あの後、ハボックの失恋慰め会でも開いた後なのだろう。

ロイは、そこに混じっているだろう人物を探すように、視線を巡らせながら
グダを巻いている一団に近づいていく。

「おーっし、もう1軒行くぞー!」

大声を張り上げて、アルフォンスにもたれかかる様にして、歩き出す様子は、
すっかり出来上がった酔っ払いだ。

「鋼はどうしたんだ?」

近づいて、声をかけてみれば、酔っ払いの一団が、驚いたように声の相手に視線を向けてくる。

「あっ大佐、こんばんは」

ハボックに抱きつかれながら、動きにくそうに会釈をしてくるアルフォンスに、
ロイは、「大変だな」と同情の言葉をかけてやる。

「あー、大佐じゃないっすかー。
 なんでこんなとこに居るんっすか?

 ・・・わかった!! デート、デートっすね!
 くっそ~、俺が振られたばかりていうのに・・・」

よよよと泣きついてくるハボックに、アルフォンスが背を撫でながら
懸命に宥めている。

「お疲れ様です! 大佐も今、帰りですか?」

酔いのせいか、勢い込んで挨拶をしてくる面々に、
ロイは鬱通しそうに、おざなりに返事を返して、再度同じ質問を問いかける。

「で、鋼のはどうしたんだ? 
 一緒に来てなかったのか?」

弟が来ているのに、あの兄が居ない筈は無いだろう。
そう思いながら、聞いてみる。

「あ、兄さんなら、さっき先に帰るって。
 僕は今日は、ハボックさんの所に泊まる事になっちゃったんで」

「こんな時刻に、一人でか?」

「俺らも止めたんですけどね、慣れてるからってサッサと出ちゃって」

赤ら顔のブレダが、上司の不機嫌を敏感に察知して、酔いの冷めた様子で告げてくる。

「大佐~聞いて下さいよ~。 大将の奴、薄情なんっすよぉ。
 俺の哀しみを聞いてくれってても、さっさと帰っちまうし~」

グダを巻いているハボックを、「煩い」と一括で黙らせると、
ジロリとメンバーを睨みつける。

「お前ら、自分から誘っておいて、こんな時刻に子供を一人で帰すとは、
 いい度胸をしているな。
 明日、覚えてろ」

低い恫喝に、その場に居た者達が硬直する。
ロイは、そんな相手の反応に構う事無く、エドワードが去った方角を聞き出すと、
足早に去っていく。

上司の姿が、街の喧騒に隠れて見えなくなった頃、
漸く残されたメンバーも、ほっと息を付いた。

「・・・帰るか」

誰ともなく呟かれた言葉に、皆黙り込んだまま頷きかえす。
「明日が怖いです・・・」 フュリーの情けない声に、ハボックを除く一同、
沈痛な表情で同意を示す。

「大佐も冷たいよな~。 部下の哀しみを分け合ってくれても~」

相変わらず酔いすぎて、今の一悶着の意味を理解していないハボックだけが、
幸せそうにクダを巻いている。

「あっ僕、ハボックさんを連れて帰りますね」

「済まないな、アル。 お前は宿に戻らなくて、大丈夫か?」

さすがに酔いが冷めてくれば、自分たちの無責任過ぎた行動がわかってくる。
ブレダの気ぜわしそうな様子に、可愛らしく首を傾げて、「う~ん」と考え込む様子を見せ、

「多分、大佐が追いかけてくれたみたいなんで、大丈夫だと思います」

と、明るい声で返事が返ってくる。

「そうか?」

半信半疑な相槌にも、アルフォンスは「大丈夫ですよ」と返してくる。
身内がそこまで言うのならと、ハボックの事はアルフォンスに任せ、
皆がそれぞれの帰路についた。



別に急ぐこともないので、のんびりと歩いて帰っていると、
煩わしい人間に張り付かれてしまった。
どうやらエドワードの事を、夜遅くに盛り場をふらついている不良少年とでも思ったのか、
しつこく誘いをかけてくるのだ。

「なぁなぁ、遊びに来たんだろ?
 俺ら、良いとこ知ってるからさ、遊びに行こうぜ」

「そうそう、金なら心配いないぜ。
 俺らが驕ってやるからさ」

先ほどから、何度も断っていると言うのに、めげること無いのか、
付き纏うようにしては、しつこく誘いを続けてくる。
チラリと相手に視線を向けると、着ている物がそこそこ金がかかっていそうな身なりなので、
どこか金持ちの不肖の子供たちなのだろうか。

「うざい。 俺はもう帰るところなの。
 あんたらと遊びになんか、いかねえよ」

辟易し過ぎて、逆に言葉にも覇気が無い。
苛々の限界に、暴れ出しそうな感情を抑えるだけで、十分気力を使い果たしているからだ。
が、相手はどう思ったのか、勝気そうに告げられた言葉も、エドワードの容姿と相まって、
強がっているようにしか見えなかったようだ。

「まぁまぁ、いいじゃないか。 
 どうせ家には帰りたくないんだろ?
 なら、俺らと遊んだ方が有意義じゃないか」

「楽しいこと教えてやるぜ?
 そりゃもう、病み付きになるような」

いやらしく笑いながら、エドワードの肩に手を回し、品定めするように
背を撫でるように手の平を動かす。

「お前らな・・・」

限界だと、押し殺した感情を爆発させようとした矢先。

「どんな楽しい事を教えるつもりかな?」

冷ややかな、それでいて突き刺さるような鋭い口調で、背後から声が上がる。

「なっ!?」

驚く二人を他所に、エドワードはあっちゃーと顔を手の平で覆う。

「な、なんだよ、おっさん・・・」

背後の相手の威圧感に気圧され、出された言葉も語尾が掠れている。

「おっさん・・・ねえ。 言葉の使い方も学んでないようだな。
 さっさと、その子に回している手を離してもらおうか?
 さもないと」

言葉を止め、相手を静かに見つめる。
そう、ロイは静かに見つめているだけだ。 声も態度も荒立てているわけではない。
が、睨まれた二人の少年は、声も出せない程の圧迫感に身体を硬直させている。

「それ位にしといて遣れよ、大佐。
 あんたに睨まれたら、相手が卒倒するって」

仕方無さそうに振り向き、取成してくるエドワードに、ロイは鼻を鳴らして不満を告げる。

「さっさと帰るぞ」

近づいてきたエドワードの腕を掴み、ロイは感情のまま足音も高く、
その場からエドワードを引き連れていく。

「・・・大佐? ロイ・マスタング・・・」

残された二人は、青い顔をしながら思い当たる名前を呟き、
さらに震え上がり、その場にへたり込んでしまった。



「ちょっ、ちょっと! もう少しゆっくり歩けよ!
 ってか、いい加減腕を離せって!」

エドワードの訴えに、漸く掴んでいた腕がそのままだった事に気づき、
ロイは、深いため息と共に、腕を離して、歩幅を緩める。

不機嫌そうな相手の横顔に、エドワードはそっと嘆息を付く。
確かに拙い場面に出くわしてしまったと思う。
が、旅慣れているエドワードにとっては、ああいうことには
慣れっこなのだ。 普段なら、自分でさっさと片を付けている。
今回は、少々・・・躊躇いがあった事が、対処が遅れた原因で、
けれど、自分で片付けられる範囲なのだ。

「迷惑かけたのは、悪かったよ。
 いつもなら、もっと手早く片付けちまうんだけどさ」

歩幅を落としたからか、横に並んで歩いているエドワードから
そんな謝罪の言葉が告げられてくる。

「いつも?」

不穏当な言葉に、ロイが思わず聞き返す。

「ん・・まぁな。 旅してれば、旅行者に絡んでくる奴や、
 カモと思って狙ってくる奴もいるしな」

仕方無さそうに告げられる言葉に、怯えはない。
歳以上に辛酸を嘗めている子供は、妙に世間の裏もを甘受している。

「まぁ別にどうってことないぜ?
 ちょっと痛い目に合わせれば、さっさと逃げていくしさ」

心配するなという風に、あっけらかんと告げてくる相手に、
ロイは呆れと、感心と相混ざった感情を抱く。

「にしては、手こずってなかったか?
 ・・・手まで回されて」

納得し難い様子で、不満そうに告げてくるロイに、
エドワードは、苦笑混じりに答える。

「ん~、まぁ、出来れば穏便にとか思うし。
 あんたのお膝元だろ? 一応、後見人だしさ・・・」

ぶっきらぼうなのは照れ隠しなのだろう。 ポリポリと鼻の頭を掻いて、
ブツブツとそんな事を呟いている。
その言葉に、軽い驚きを持つが、返す言葉は素っ気無い。

「そんな心配は無用だ」

「っても!」

ロイの否定するような言葉に言い返そうとして。

「君に何かあるより、ずっとマシだ。 あんな輩には、即座に対応したまえ」

その言葉に、エドワードは思わず目をパチクリと瞬かせる。
いつも事件や乱闘の後に、自重する様にと小言を言う男が、
それを薦める様な言葉を言うなんて・・・ちょっと信じられない気がする。

エドワードの戸惑いに気づいたのか、ロイも仕方無さそうに嘆息して
言葉を続ける。

「確かに、不要ないざこざは避けるべきだ。
 が、絡んでくるものは仕方ないだろ? 身にかかる火の粉は
 早め払うが1番だ」

そう言いながら、わかるかと言うように、エドワードの頭に手の平をおく。

「・・・ん、わかった・・・」

置かれた手の平が、心配だからと伝えるように優しく撫でられる。
だからエドワードも、思わず素直に頷いてしまった。
逆らうには、その手の平から伝わる温度が、余りにも暖かく優しかったから・・・。



その後、何とはなしにロイの家に辿り着いた二人は、
そのまま連れ添って家に入っていく。
さすが3回目ともなると、互いに慣れてきて。

「なぁ、風呂入る?」

「そうだな・・・、私は朝でいいよ。
 なんだか、疲れた」

「ん、じゃあ俺も」

リビングのソファーにだらしなく座ったロイに返事を返すと、
エドワードはキッチンに入っていく。

「大佐ー、お茶飲むけど?」

「ああ、私もそれでいい」


前回は朝食も作ったせいか、キッチンの作りにも慣れた。
必要な準備の合間に、多分何も入ってない冷蔵庫も開けてみる。

「これって・・・」

酒と肴が並んでいる中で、前回に見たときには無かったものを発見する。
鮮やかな色で存在を示すレモンと、エドワードの顔を顰めさせる液体が
冷蔵庫の隅にちょこんと並んでいる。
暫し思案し、その片方を手に取ると、そろそろ沸くやかんの傍に近づいていく。

「ん、お待たせ」

大き目のカップに注がれたお茶を受け取り、ロイは仄かに漂うブランデーの香りに
嬉しそうな表情を浮かべる。

「・・・あんたは、そっちの方がいいんだろ」

自分の方のカップは、今日は乳白色の色が付いている。
それに気づいたロイが、
「君は、ミルク派か」と何気なく確認を呟いた。

「まぁ、どっちかと言うと・・・。
 俺、牛乳は嫌いだけど、牛乳を使った物は好きなんだ」

言い訳のように、照れた素振りで告げてくる内容に、
浮かんでくる笑みを刷いたまま「そうか」と優しく相槌を返す。

ロイのそんな優しげな雰囲気に、妙に気恥ずかしくなって、
エドワードが慌てたように、話を変えてくる。

「んでもさ、どうしたんだ? このミルクとレモン?
 以前、来たときには無かったよな?」

そう改めて聞かれると、ロイとしても返答に困る。
別に自分の嗜好品でもないのだが、ここ最近買い物をするときに
何故だか、毎回買い換えてくる癖が付いてしまっているのだ。
ちなみに、そんな食材はまだ他にもある。

「まぁ何となく。 ・・・急な来客の時に、何もなしでは素っ気無さ過ぎるしね」

「ふ~ん? まぁそうだよな。 女の人って、紅茶に何か入れるのが
 普通だもんな」

妙な納得をして、紅茶を飲んでいるエドワードに、ロイは何とも言えない
思いで眺める。

実は、ロイの家に訪れる人間は、然程いない。
仕事柄、家に人を呼ぶのには注意も必要だし、そんな時間も無い。
それに、余り好きではないのだ・・・他人を私生活に立ち入らせるのは。
が、それを告げて「じゃあ、どうして?」と聞かれても、
ロイ自身わからない心境だから、困ってしまう。
不名誉な理解で納得されているのは、面白くないが、
ムキになって思い違いを説明するのは、もっとおかしい気もするし・・・。

気づけば空になっているカップに、そう言えばと思い立って席を立つと、
エドワードが不思議そうに見上げて、聞いてくる。

「どうしたんだよ?」

「いや、お替りついでに、何か摘む物がないかと」

食事の時に殆ど手をつけなかったせいで、飲み物に刺激されたのか
今頃、お腹がすいてくる。

「なんだよ? 食事してきてたんじゃ、なかったのか?」

不思議そうな表情での質問は、多分軍のメンバーから
今日のロイの予定を仄めかされていたのだろう。

「いや・・・、今日は友人と逢って、飲むのが中心だったんでね」

言った言葉に、『別に嘘ではないから』等と内心で独り言ちる。

「んで、腹空いたってわけ?」

「まぁ、ちょっとね。 何か摘めるもの程度で良い位だが」

と、足をキッチンに向けようとすると。

「待てよ、大佐。 俺が作ってくるから、ここに座って待ってろ」

言うが早いか、立ち止まるロイを追い越して、さっさとキッチンに入っていく。

「鋼の、わざわざいいから。 ツマミ類なら、色々とあったはずだし」

我に返ったロイが、遠慮するように中に入りながら声をかけるが、
「邪魔。 直ぐ出来るから、座ってろ」と
けんもほろろに追い出される。

どうしようかと迷うが、折角の好意を断るのも気が引ける。
ロイは、自分の家なのに、妙に緊張してソファーに座って待つことにする。

「ほい、お待ちどう!」

ものの数分でエドワードは戻ってきた。
手に持つトレーからは、温かな湯気が立ち上っている。

「夜も遅いんで、簡単な物にしたぜ。
 消化にも悪いしな」

差し出された料理は、質素でも、温かさが溢れている。
フランスパンを繰り抜き、そこに卵を落とし込んで
牛乳で柔らかくしたのだろうココットと、
コンソメに、多分ツマミのハムかソーセージを刻んで
溶き卵を浮かべたスープが波なみと深皿に注がれている。

「美味しそうだ・・・、手間をかけたね」

出された料理に、嬉しそうに目を細めて礼を告げてくるロイに、
エドワードは、肩を竦めてぶっきらぼうに返す。

「別に・・・そんな対したもん作ってないし。

 本当は、野菜とかあればその方が消化には良かったんだけどさ、
 あんたんちの冷蔵庫には、入ってないだろ」

熱々のココットに息を吹きかけながら、口に運んでいく。
優しく温かな味が口内に広がると、思わず微笑みも浮かんでしまう。

「そうだね。 さすが、野菜は余り日持ちしないし、調理しなくては
 食べれないものが多いだろ?」

「相変わらず家では作ってないんだ?
 まぁ、仕方ないよな、そんなに時間があるわけでもないし。

 でもまぁ、今回は卵とパンがあっただけでも、マシだよな。
 朝は家で食べてるんだ?」

自然な質問に、ロイも曖昧に頷く。
確かに、食材が有るので食べるときも、たまにある。ほんのたまに位だが。
妙な買い物はそれらも同様で、食べずに捨てる事の方が多いと言うのに
何故か、買い物に出かけると、気づけば買い足しては交換しているのだ。
どうしてかと聞かれれば、『まぁ、何となく?』と自分で首を傾げるしかないのだが。


簡単な夜食を済ませると、それぞれいつもの場所に寝る準備を始める。

「鋼の、寝づらくないかい?」

最初の2回にはそこまで気を回さなかったが、さすがに回数が増えてくるようだと、
ソファーで寝かすのも、どうかと思うようになる。

「え?別に。 ここのソファー結構広いしさ、俺らが泊まってる宿よりクッションいいしな。
 はっ!? グワァ~俺としたことが・・・! ソファーで十分なミニマムサイズだと
 言ってんじゃないよ~!!」

自分で言った言葉に、自分で憤慨している相手に、ロイはホッとしたように
「おやすみ」を告げる。

「クソッ~。

 んー、オヤスミィー」

腹正しさを押さえて寝る体制に入ったエドワードを見届けて、
ロイは電気を消してから、ふと気づいたように声をかける。

「そういえば、君は朝はどうするんだ?」

「ん? ああ、朝に司令部にいくよ。
 報告書も出さなくちゃ行けないし、アルと待ち合わせしてるからな」

こちらを振り向くまでもないと思ったのか、寝たままの姿勢で
気が無さそうに告げてくる。

「そうか・・・」

どうやら明日は、一緒に軍へ出かける事になりそうだと考えて、
ロイは言葉を付け足す。

「なら、朝食は一緒に食べよう」

それだけ告げると、返答を待たずに扉を閉めて去っていく。

「えっ?」

慌てて起き上がり、扉の方を見るが、すでに閉った扉からは
何の声も聞こえてはこない。
暫く、起き上がったままの姿勢で呆けていたが、
「まっいいか」と毛布に包まると、さっさと安眠の世界に飛び込んでいく。


そして翌朝、穏かな朝食の風景が、マスタング邸で繰り広げられていた。
早めの買出しを済ませると、エドワードは朝食を作って、この家の主を起こしに行く。
昨日の夜に彼が言っていたように、今回はテーブルの上に並ぶ料理は二人分だ。
昨日はなかった野菜もふんだんに使われた料理は、テーブルに彩どりを添え、
食欲も十分に満足させる出来栄えだった。

その日以降。 ロイの奇妙な買い物の品数が、また増えたことは間違いない。
ただ、少しだけ知恵が付いて、買い換える頃に軍の独り者達に分けることにした。
少年が話した、食べ物の有り難さが判らない奴は駄目だと言う、言葉に触発されて。
奇妙なお裾分けは、最初の頃こそ皆に不思議がられたが、安月給の独り者には
大層喜ばれ、次を待ち望まれるほどになる。
そして、それらが段々と回ってこなくなるのは、もっと先の未来のお話になる。


[あとがき]
前記にもありましたが、このお話の未来編は
5月のインテのオフ本の新刊として出す予定です。
今回のWEB上のものは、「馴れ初め編」にあたります。
このCPは、お気に召して頂けましたでしょうか?
今後、恋人に発展するまでのお話を書いていく予定です。
(そう! まだ、予定ですが・・・)
宜しかったら、また本を手にとってやって下さいね。


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